白鳥おじさんの話。その7。
やれるだけのことは、やったはずなのに。
それでも白鳥は降りなかった。
近頃は、地元の新聞社まで取材に来て辞めようにも辞められない。
どうしたものか。
とにかく、あとは専門家に聞くしかない。
浜頓別町のクッチャロ湖には、山内昇という「白鳥おじさん」がいた。山内はもともと営林署勤めで山歩きはよくあることだった。また、野鳥の観察員も努めていて鳥のことはよく見ていた。
その山内が、目にとめた物。それは、エサ不足で衰弱したコハクチョウの姿だった。クッチャロ湖にはもともと白鳥がやってくる。シベリアへの長旅の途中に一休みといったところなのだろうが、ここには英気を養うために必要な食べ物が十分にはない。
「せっかくここまで来たのに。」
このままでは、シベリアまでの長旅にはたどり着けそうにない。見るに堪えかねた山内は、湖岸にエン麦を撒いた。野生の動物に、無思慮に餌付けするのは本意ではない。しかし、このままでは…。
やがて、エン麦を撒く山内の周りに白鳥たちが集まってくるようになった。人に慣れた白鳥たちは、観光客の手から食パンを啄むようになり、クッチャロ湖は白鳥の湖として浜頓別町の観光名所となった。
それが良かったことなのかどうか。結論は出せないが、毎年すべての白鳥が元気にシベリアに向け旅立つと、山内はホッと胸をなで下ろす。
その山内のもとに、「白鳥おじさん」を目指す一人の男が現れた。
敬直である。…困り果てた顔をしている。敬直は、ありったけの思いの丈を山内にぶつけてみた。
山内は、敬直の話に聞き入った。少年のように熱中する敬直を可愛くも思えたのかも知れない。
「白鳥にもな。『人』がわかるんだ。お互いに信頼がないとダメなんだよ。」
それが山内が敬直に与えたアドバイスである。
敬直もまた、山内の話に聞き入った。
「そうか、『信頼』か。」
目から鱗が落ちる思いだった。
自分は、白鳥を見下してはいなかったか。「たかが鳥」と見くびってはいなかったのか。
白鳥に謝りたいと思った。謝って、話を聞いてもらいたかった。
「子供たちのためにも、なんとか大沼に降りてはくれまいか。」
白鳥と膝を割って話せれば、白鳥だってきっと判ってくれるのに。
あぁ、白鳥の言葉が話せれば…。
山内と話しながら、ふと湖面へと目をやった敬直は、あることに気がついた。
白鳥同士が、まるで話すかのように声を掛け合っている。
この声なら、白鳥を呼べるんじゃないか?
デコイは見えなくても、声をかけられれば来てくれるはずだ。
敬直は日を改めてクッチャロ湖を訪ね、カセットテープに白鳥の声を録音した。
次から次と奇抜な考えをぶつけてくる敬直に、山内は呆気にとられながらも「こいつは大物だ」と内心思っていた。
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